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あえて公演期間中に、
しかも劇場で語る、宣伝のことを。
「演劇のチラシと広報」トークイベントからの考察

 

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2023年10月にオープンした扇町ミュージアムキューブ(大阪市)のオープニングラインナップ、その最後を飾るコトリ会議『雨降りのヌエ』では1ヶ月にわたる公演期間中、趣向を凝らしたいくつものイベントが企画され、去る3月18日にはコトリ会議の制作を担当する若旦那家康氏とネビュラエンタープライズ専務取締役・永滝陽子で、演劇のチラシや広報にまつわるトークイベントが行われた。

 

多くの催事が企画された今回の公演は、それを広く宣伝するために、チラシはA2サイズの四ツ折で全イベントを紹介、ポスター仕様にもなるこだわりで今作品の世界観が表現されている。

 

若旦那家康氏は公演制作を担う一人として、コロナ禍を経た現在の演劇業界において、宣伝媒体としての「チラシ」がどのような役割を担い、どのような課題を抱えているのか、チラシ折り込み代行サービスを続けてきた専門家の話を聞いてみたかったのだという。


 
今回、このトークイベントに観客として参加したネビュラエンタープライズ代表の緑川憲仁がその模様を紹介、考察する。

 

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コトリ会議『雨降りのヌエ』
日程:2024年3月1日(金)~31日(日)
会場:扇町ミュージアムキューブ CUBE05
 
ゲストトーク「ヌ話エ」(全4回)
●3月12日(火)16:00~
ゲスト:権田康行(東リ いたみホール館長)
●3月16日(土)18:00~
ゲスト:徳永京子(演劇ジャーナリスト)
●3月18日(月)14:00~
ゲスト:キャメロン瀬藤謙友(扇町ミュージアムキューブスタッフ)
●3月18日(月)16:00~
ゲスト:永滝陽子(株式会社ネビュラエンタープライズ 専務取締役)

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劇団プロデューサーが手に入れた「機械」

 

1980年代後半、当時の劇団プロデューサーたちが、町の新聞屋さんにあるような、とある機械を手に入れた。「丁合機」と呼ばれるこの機械は、一度に何種類ものチラシを束にすることができる。当時、演劇公演の現場でネックとなっていた「膨れ上がるチラシの手折り込み作業」問題に風穴をあける出来事だった。それまでは公演団体どうしで行なわれていたチラシの手折り込み作業を、相互扶助のかたちで折り込み作業を行う立場を新たに作ることにより「公演団体の手間を減らし、本来の創作活動に打ち込んでほしい」。そうした願いを携え、折り込み代行事業がスタートして以来約35年にわたり、数多の試行錯誤を重ね、申込側の公演団体、配布先の公演団体、そしてチラシ束を受け取る観客のいずれもが幸せになるサービスとは何かを追い求めてきた。

  

 

作成部数を決めることに、わりと命賭けてます。(永滝)

 

この日の対談でも、創業から現在に至るチラシ折り込み代行サービスの歴史に触れつつ、実際に弊社が取り組むサービスの細部にわたるこだわりについて、チラシ束を客席にも回覧しながら紹介した。無駄なチラシを生まないために、公演で配布される「チラシ束作成部数」を決める際には、劇場ごとに異なる配布方法のコツを伝えながら、公演制作担当者と券売状況や動員見込みなどセンシティブな情報も密にやりとりを重ねる。配布が終わる公演最終日にはスタッフが劇場に赴き、チラシ束の配布状況を把握、配布先の制作スタッフと直に疎通することで現場での成果や課題を共有し、次に生かす。そしてチラシ束が余ってしまった場合には、古紙リサイクルへ渡してゆく役割も担う。「作成部数を決めることに、わりと命賭けてます」という永滝の言葉に、サービスへの矜持が滲む。

 

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 左より、若旦那家康氏、永滝陽子、弊社スタッフの田中莉紗

 

 

さらに、配布するチラシ束の「構成」にも細かな工夫を凝らしていることを紹介。チラシ束の前半は配布先公演の関係チラシが並んでおり、その束の先頭や、チラシ束を包むオビには、その公演に関係するチラシやパンフレットを使用すると観客の反応が良い。より多くの方々にチラシ束を渡すことができるように、公演担当者との事前のやりとりでは関係チラシの内容や順番について、きめ細やかな疎通を心がけている。弊社のサービスに詳しい若旦那家康氏でさえも、裏側の知られざる工程に感嘆していた。他にも、折り込み先各公演の基本情報だけでなく、男女比や年齢層など、制作者が想定する来場者の客層を掲載し、申込の際の参考となる情報発信にも努めている。永滝は「チラシ折り込み代行の申込を、決して博打にして欲しくない」と想いを覗かせた。

 

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 ネビュラエンタープライズが劇場で配布しているチラシ束

 

 

商売できる場所が無くなった。いつ会社を畳んでもおかしくなかった。でも、チラシで宣伝する習慣は無くならなかった。(永滝)

 

チラシ折り込み代行の歴史には、紆余曲折もあったことを明かす。2000年代に入ると、首都圏には客席1,000名前後の劇場がいくつも新設され、商業演劇公演が増加、さらにチラシ印刷の簡便化が追い風となり、折り込み代行サービスの需要も急激に増加したことで会社の規模も大きくなっていったが、並行して、小中規模劇団の界隈ではチラシの意義に関する懐疑的な意見も聞かれてきた。そして、2020年春、新型コロナウイルスで舞台芸術業界のすべてが止まり、弊社も休業を余儀なくされる。
劇場からは笑顔も賑やかな歓声も消え、「不要不急」の言葉と悪戦苦闘する日々が始まった。当然のことながら、チラシによる宣伝も機会を失い、その事業によって生計を立ててきた弊社も2カ月の休業を決断。「商売できる場所が無くなり、いつ会社を畳んでもおかしくなかった」と永滝は明かす。

 

 

会社の窮状と「おちらしさん」の誕生

 

進退窮まる状況下、「劇場でチラシ束を手渡すことが叶わないなら、お客さんの手元にチラシを届ければいいじゃないか…」。そうした発想でチラシ宅配サービス「おちらしさん」がスタート。「あの時の自分たちにはもうこれしかなかった」と永滝も語る通り、公演の中止・延期によって、観客に公演情報を届けるすべは絶たれた状態。「おちらしさん」はコロナ禍下の臨時措置として時限的に実施した。しかし、チラシで宣伝する習慣はなくならなかった。蓋を開ければ予想をはるかに上回る需要があり、その後、公演チラシとは別に全国の美術館のチラシを宅配する美術版も立ち上げた。当初1,000部からスタートした本サービスは2024年3月現在、舞台版9,100部、美術版7,500部を宅配する規模に至っている。

 

 

コロナでなかなか会えなくなったのに、生の声が逆に聞こえてきたって、なんか不思議ですね。(若旦那)

 

このチラシ宅配サービス「おちらしさん」の企画として毎年開催している「おちらしさんアワード」、ここでは従来の折り込み代行サービスだけでは到底出会うことができなかったであろう舞台ファン、美術ファンの声を聞ける貴重な機会になっている。舞台ファンからの熱い想いはもちろん、美術ファンやグラフィックデザインを仕事にしている人などから、「舞台のチラシデザインってすごいんですね!」「こんな難しくクオリティが高いことをやってるんですね!」等、さまざまなコメントが届き、舞台のチラシの魅力を改めて知ることとなった。
永滝は、展示物や施設など、具象物のビジュアルを活用し製作されることが多い美術展のチラシのなかで、おちらしさんアワード2023で第5位に入賞した もりおか歴史文化館「罪と罰 -犯罪記録に見る江戸時代の盛岡-」のチラシを紹介。このチラシのオモテ面ではあえて催事展示物を用いず、インパクトのあるタイトルだけで興味を引く仕掛けで逆に新鮮味があり、なおかつ演劇的でもある、と。一方で、舞台のチラシは否応無く「そこにないものを見える化する」宿命を負っており、期せずして舞台のチラシ宣伝の面白さと難しさを実感、そして会社としても、舞台のチラシの役割や意義に向き合う機会を得られたと語った。
「コロナでなかなか会えなくなったのに、生の声が逆に聞こえてきたって、なんか不思議ですね…」という若旦那家康氏の言葉が感慨深かった。

 

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もりおか歴史文化館 企画展「罪と罰 -犯罪記録に見る江戸時代の盛岡-」のチラシ

 

 

制作者とデザイナー、コトリ会議のチラシを語る

 

そして、このトークイベントもまたチラシや広報について様々な声が聞ける貴重な機会であり、客席で二人の対談に耳を傾けていたコトリ会議の宣伝デザインを受けている小泉俊氏の苦悶、格闘のナマの言葉を聞ける場面にも立ち会った。まるでテレビの番組欄のような、期間中の全イベントを網羅した『雨降りのヌエ』チラシの中面。演劇のチラシでは滅多に見ない膨大な情報量。永滝からも、この特殊なチラシを作られた経緯や狙いについて、若旦那氏に質問が。そのやりとりを聞いていた小泉氏がトークに加わる。開口一番、「文字が多すぎて絶望的になった…」と小泉氏。やはり製作過程はご苦労が多かったようだ。

 

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小泉:掲載する文字が多すぎて、本当に絶望的になりました(笑)。コトリ会議のチラシはかれこれ10年ぐらい作らせていただいていますが、やはりイラストがメインになってから「コトリ会議」ってすぐ分かる、っていうところがいいかなと。今回、中面はできれば文字を少なくしたかったんです。打ち合わせで削れる部分を探してみたものの、結局どの情報も「入れよう」ってことになって。確かに、チラシで必要ではないものがあったかも知れないです。詳細は書かずに、WEBに飛ばす方が賢明だったのかもしれないですね。とにかく「ああでもない、こうでもない」と、ずっと(レイアウトを)テトリスしていました。
若旦那:もう1回やり直したら?
小泉:やりたくないんですよ!
観客:(笑い)

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『雨降りのヌエ』チラシ中面

 

小泉氏と若旦那家康氏の深い信頼関係の為せるわざなのか、小泉氏の口から飛び出した殺伐とした言葉にも深い劇団愛が感じられる。最初はいち参加者として若旦那氏と永滝の話を聞いていた小泉氏がやがて相好を崩し、デザイナーとして心に潜めていた心情をその場に共有していく様子に、あらためて人が集う劇場空間のぬくもりを感じずにいられなかった。
演劇公演において宣伝美術の作業は興行全体の序盤の任務であり、本番を迎える頃にその作業の細部が語られる機会はほぼ無い。偶然かも知れないが、公演期間中にデザイナー本人を交え、チラシについて語り合う場を設定したこの企画そのものに大きな意義を感じた。永滝も「チラシデザインについて話す会やるよ~」と社内で声をかければ、すぐに集まるメンバーばかりなので、ご一報いただければそういう会をやります、と。第三者に宣伝するチラシの質を高めるためには、第三者の新鮮な目線がとても大事だ。

 

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若旦那家康氏と『雨降りのヌエ』チラシ

 

 

集客と創客

 

最後に永滝は、現在舞台業界が抱える「集客」と「創客」の問題についても言及した。弊社が取り扱うチラシ束作成部数は、コロナ以前は10~15万部/月だったが、アフターコロナと言われる現在でも2~3割減のまま、かつての規模に戻っていない。配布先として取り扱う公演本数も、それに対する申込数もほぼ従来の水準に回復しているなか、チラシ束の作成部数だけが戻っていない。舞台業界での従来の宣伝手法は、舞台にもともと馴染みがあって、観劇習慣のある一定のパイの中で観客を取り合う「集客」がメインだが、その外側にいる人への「創客」的目線を持っていないと、舞台業界は先細っていってしまう恐れがある。
永滝の体験談として、せんがわ劇場コンクールの審査員として関わった際に出会った若手団体の一つは、チラシを作らない団体だった。何かネガティブな経験を経てチラシを使わなくなったのではなく、もともと作っていないのだ、と。このようにチラシで宣伝することが当たり前でない世代も、もっと言えば劇場で公演を打たない団体もある。また、若旦那氏からは、気になる例として、ただ大量にチラシを配布するのではなく、一部のチラシに希少価値を持たせて活用した劇団「ゆうめい」についての話題が上がった。

 

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ゆうめい『養生』の伸びるチラシ
2024年2月公演『養生』の一部のチラシを養生紙で作成。枚数限定チラシとして都内近郊の劇場で置きチラシとして配布した。

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ゆうめい『伸びる!養生紙フライヤー』

 

 

アイテムとして、「チラシ」をどのように活用するか

 

大切なことは凝り固まった従来の発想を除いて、チラシをアイテムとしてどのように活用し、他のメディアとどのように連携させて宣伝を成功させるか。観客が公演の情報と出会うタイミングもシーンも様々だ。「チラシは撒く、でも話題づくりも仕掛ける」そうした宣伝の掛け合わせを行なうことで訴求力を高めることもできる。そんな想いから、近年ではチラシとSNS、さらに記事を掛け合わせた宣伝のサービスも行なっていることを永滝は紹介した。

 

 

舞台芸術界全体で見れば、傷を負ったままの状態がずっと続いている。しかし、見返りを求めず地道に創作活動に打ち込んできた人々が多いこの業界の未来はけっして暗いものではない。ほんの少し前まで、人と直接会うことさえ憚られ、劇場に行って全身で体感するはずの演劇を、オンライン配信するという矛盾をも飲み込み、負ったいくつもの傷も癒えないまま、それでも全国各地で人と人が繋がりながら、逞しく立ち上がっている。公演期間中にチラシや広報について語らう機会の意義深さもさることながら、劇団の制作者と外部有識者が、笑顔と真顔を行き来させながら業界のことについて訥々と語り合う場に立ち会った体験が、今後の私たちが歩むべき道を指し示しているように感じた。
 
文・緑川憲仁(ネビュラエンタープライズ代表取締役社長)

 

 

ゲストトークの模様は、以下のアーカイブ記事からもお読みいただけます。

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【1】公演チラシと関わり続ける、ネビュラエンタープライズの20年
【2】コロナ禍でも、おちらしさん会員から聞こえてきた生の声
【3】創客にむけて。WEBで、チラシで、「話題」はどう仕掛けられるか?
【4】美術展のチラシからハッとすること
【5】チラシ談義で「実際、このデザインどう!?」

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サービス紹介|NEVULA ENTERPRISE